人と人とのおしゃべりのきっかけになるような面白くておいしいワインを目指しています。
2014年、南島のネルソンで日本人ワインメーカーのコウヘイさんが立ち上げたパーマカルチャーのワイナリー「アタマイビレッジワインズ」。2014年10月にファーストリリースし、そのまろやかでユニークな味わいの白ワインで、早くも高い評価を得ています。ロンドンでの金融業界から畑違いのワインの世界に飛び込んだコウヘイさんに、話を伺いました。
ロンドンでワインの魅力に開眼し、ニュージーランドへ移住
南島ネルソンの郊外に、2006年に設立されたパーマカルチャーのコミュニティ「アタマイビレッジ」があります。地球環境に配慮した持続的な暮らしを共通の目的に40人ほどの住民が生活し、果樹園や牧場、農場などを共同で運営しています。ビレッジ内の電力は太陽光発電でまかない、飲料水は雨水を濾過したもの、さらにビレッジ内で使用するものはすべてオーガニックに限られるという徹底ぶり。2014年、このエコなビレッジに日本人のブドウ栽培・ワイン醸造家であるコウヘイさんが一家で移住。新しいワイナリー「アタマイビレッジワインズ」を立ち上げました。
青森県出身のコウヘイさんは母方が山形の酒造の家系であったため、子供の頃からお酒が身近な存在だったそう。とはいえ、自ら手掛けたり、アルコールに特別詳しかったというわけではなく、東京大学法学部卒業後は金融関連企業に就職。東京およびロンドンでビジネスの世界にどっぷり浸りました。
「ワインの魅力に目覚めたのはロンドンで生活している時。仕事の後にお客さんと飲みに行ったり、世界中の良質なワインをロンドンでは比較的手軽に買えることもあって興味を持つようになりました。当時はブルゴーニュとかフランスのワインが好きで、休暇になるとフランスやスイスのワイナリーを回るのも楽しみでした」
金融業界で忙しく働いて11年が過ぎた頃、コウヘイさんは家族と過ごす時間や自然の中で暮らすことを考えるようになり、ワインづくりに挑戦すべく、2011年にニュージーランドへ渡りました。
「ロンドンでニュージーランドワインに出合って心に残っていたんです。ニュージーランドは自然も豊かだし、ワイン業界では有名な学校であるリンカーン大学もあるので、この国でワインづくりを本格的に学ぼうと決めました」
ニュージーランドとカリフォルニアでワインづくりを経験
コウヘイさんとアタマイビレッジとの出会いは2011年夏のこと。当時コウヘイさんはリンカーン大学在学中で夏休みにネルソンを旅行した際にこの村の存在を知り、数日間滞在したそうです。
その後、リンカーン大学を日本人としては初めて首席で卒業。有機栽培で知られるニュージーランドの名ヴィンヤードやカリフォルニア・ソノマのワイナリーでブドウ栽培とワイン醸造の経験を積みました。
「大学在学中にインターンから始めて徐々に責任ある仕事を与えてもらえるようになりました。ワイン業界ってすごくグローバルで、職探しにしてもニュージーランドからアメリカのワイナリーに紹介してもらうなんてことはよくあるんです。世界中のどんな小さなワイン産地に行っても一人や二人は知り合いがいるといわれるほど狭い世界なのですよ。だから一度評価してもらえると仕事を見つけるのも楽になります。僕もそれでソノマに行きましたが、ニュージーランドとは全く違うスタイルのワインづくりでビックリしました」
ニュージーランドのワインづくりはゆったりしていて少しくらい発酵のスピードが遅くなっても慌てず自然に任せるのに対し、カリフォルニアでは毎日3回は糖度やアルコール度数、酸性・アルカリ性といった10項目ほどのデータを調べ、緻密にデータ分析をして思い描く通りのワインをつくるのだそう。どちらにもいい点があり、どちらも学ぶことができてよかったとコウヘイさんは話します。そしてソノマでワインづくりに従事していた頃、コウヘイさんのもとにアタマイビレッジから連絡があり、それがその後の人生を大きく変えることになりました。
「最初にビレッジを訪ねた時、ブドウ畑があるのを見て村の人たちに“僕もワインづくりを勉強しているんだよ”という話をしたんです。それを覚えてくれていたようで、“ブドウ畑のオーナーがここを手放すから引き継ぐ人を探しているんだけどどう?”と声をかけてくれた。僕自身、そろそろニュージーランドに戻ろうと考えていたので願ったりかなったり。ぜひ挑戦してみようと2014年1月にネルソンへ引っ越しました」
いいことがあった時に飲みたくなるようなワインをつくりたい
こうしてコウヘイさんは2014年、アタマイビレッジで自身のワイナリーをスタートさせました。通常の作業は一人で行いますが、収穫時期には村人や近隣の人々が手伝ってくれ、肥料などの面でも助かっているといいます。
「ビレッジに牛がいるのでブドウの病気の予防のために農薬ではなく牛乳を利用しています。ワインづくりの際に余ったブドウの皮や種、茎なども大手だったら産業廃棄物として処分するところですが、アタマイは循環型の栽培をしているのですべて発酵させて肥料にします。雑草はビレッジの羊が食べてくれるから草刈りの必要もないし、羊の糞も土に返って肥料になります」
現在、畑で栽培されているのはソーヴィニヨンブラン、ピノグリ、リースリングの3種類。樹齢12年目を迎え、これからさらに高品質なブドウの収穫が期待できます。さらに、このエリアは世界でも珍しい花崗岩砂礫という土壌で、ミネラル分が多くまろやかな酸を持つブドウが育ちやすいそうです。
「2014年のファーストリリースは何もかもが初めてで手探り状態でしたけど、その時に目指していた“日本人好みのまろやかな味わいの白ワイン”をつくることができ、満足しました。去年はそれにもっと遊び心を加えようと思い、“面白みのある旨味”をテーマにしました。ちょっと不思議な香りがするとか、プロでも品種を間違えるユニークな味の要素をプラスするとか。具体的には例えば酵母の澱を混ぜて濁り風にしてみたりしたんです。ワインは嗜好品なので、どこかしら面白さがあったほうがいいし、だれかとおしゃべりするときのきっかけになるといいなと思って趣向を凝らしました」
3年目となる2016年は過去2年間を踏まえて、ちょっといいことがあった時、例えば親しい友人を招いてのホームパーティの席で振舞いたくなるようなワインを極めたいといいます。
「長いスパンでの目標は赤ワインを手がけること。今ここの畑では白ワイン用のブドウだけを栽培しているのですが、“赤ワインはつくらないのですか?”という問い合わせが結構あるので、どうしたら赤ワインもつくれるようになるのか、その辺も今後考えていきたいです」
地球に優しく秀逸なワインを生み出し続けるコウヘイさん。2016年以降のリリースにも要注目です。
コウヘイ
こうへい●1976年青森県出身。
東京大学法学部卒業後、東京、ロンドンなどで資本市場や経営企画業務に携わる。
その一方、もともと母方が山形の酒造の家系であり、ロンドンでワインの魅力に目覚めたことをきっかけに自然環境の中でワインづくりを行うべく、2011年に家族でニュージーランドへ移住。南半球で最も歴史ある農業学校であるクライストチャーチ近郊のリンカーン大学ブドウ栽培・ワイン醸造学科を日本人で初めて首席で卒業。その後、Bell Hill Vineyard(NZ)、Greystone/Muddy Water(NZ)、DuMOL(カリフォルニア)などでブドウ栽培とワイン醸造を経験。
2014年、南島ネルソンにあるパーマカルチャーの村「アタマイエコビレッジ」でワイナリーを立ち上げる。2014年10月にファーストリリース。
アタマイビレッジワインズ
www.atamaivillagewines.com