ニュージーランドは心を熱くする被写体です。
亜熱帯の森林から長い海岸線、緑豊かな山々、氷河までバラエティに富んだ景観を擁し、「地球の箱庭」とも称されるニュージーランド。そんな大自然の美しさにインスピレーションを得て作品を生み出すアーティストも多い。1年3か月にわたってニュージーランド各地を旅し、様々な表情をカメラに収めた日本人写真家であり、サーファーの熊野淳司さんに、この国の魅力を語っていただいた。
海も山もあるニュージーランドでワーホリを体験
海、山、氷河、森林など大自然に恵まれたニュージーランド。そんなこの国のバラエティに富んだ美しさを1年3か月にわたって写真に収めた日本人写真家が、神奈川県・湘南を拠点に活動する熊野淳司さん。2009年12月から2011年2月まで恋人とともにワーキングホリデーでニュージーランドに滞在。渡航後すぐに車を買って、北島と南島のほぼ全土を旅し、サーフィンと登山を楽しみながら、自身の作品を撮り続けたという。
「僕も彼女も1年くらい好きなことに没頭してみたいという希望があり、それを実現するのにワーホリというのはすごくいい制度だと思いました。それでカナダやオーストラリアも候補に入れたのですが、僕はサーフィンが好きで彼女は登山が好きなので、海も山もあるニュージーランドが最適ではないかとこの国に渡りました」
サーフィンが盛んな湘南で生まれ育った熊野さんは17歳で波乗りを始めた。そしてロングボードでチューブをメイクするサーファーを見たことをきっかけに「これを写真に残したい」と考えるようになったそう。
「写真を始めたのは大学生の頃でした。その後にバリ島にサーフトリップに行き、テロに遭遇したことで命に対する認識が激変しました。明日は何が起こるかわからない、それなら本当に自分のやりたいことを仕事にしようと、本格的に写真の道へ進むことを決めました」
日本人サーファーにニュージーランドの魅力を知ってほしい
ニュージーランド滞在中はオークランドのピハ、ラグラン、タラナキ、キズボーン、カイコウラなど各地の名サーフスポットを巡った熊野さん。それぞれのポイントで波に乗り、地元のサーファーと交流し、ニュージーランドの著名なシェイパー(サーフボードを作る職人)たちとも知り合って彼らが作業をしている様子を写真に撮ったりもした。そうした写真を日本の出版社に送り、サーフィン雑誌で取り上げられたこともたびたびあったという。
「ニュージーランドのサーフィンの魅力は混雑していないこと。それからポイントが豊富でコンパクトな国なのでたとえば東海岸に波がなければ西海岸に行けばいいなどササッと動けることも利点だと思います。
サーフポイントはどこも思い出があって好きですが、特に印象的なのはピハやラグラン、ファンガマタとか。それから忘れられないのはカイコウラ。これまでのサーフィン人生で一番長い波に乗ることができた場所です。カイコウラは海の上から頂を雪に覆われた山々を眺められて、景色も最高。そうした環境は日本にはないものです。あの絶景の中で波に乗るのはすごく気持ちがよかったです」
各地を転々としていた熊野さんは主にホリデーパークやバックパッカーズに宿泊していた。おすすめの宿泊先をうかがうとホリデーパークではタラナキのオアクラ、バッパーではオークランドのベランダーズと答えた。
「オアクラのホリデーパークは海が目の前にあって、朝起きてすぐに車やテントから波チェックができるんです。オークランドのポンソンビーにあるベランダーズは、マネージャーのキャンベルと仲良くなってとてもよくしてもらい、彼のお兄さんが住んでいるファンガマタの家に泊めていただいたりもしました。今でも連絡を取り合い、親しくお付き合いしています」
日本人サーファーにとって海外サーフトリップ先というと、ハワイ、バリ島、オーストラリアが三大聖地。確かにいずれも素晴らしいデスティネーションだが、ニュージーランドでサーフィンをする醍醐味をもっと広く知ってもらいたいと熊野さんは言う。
「波がよくて地元サーファーもフレンドリーで混雑していない。ニュージーランドはサーファーズ・パラダイスですよ。ローカルサーファーのレベルもものすごく高い。それでもサーフィンの世界大会にあまりニュージーランド出身のサーファーが出てこないのは、基本的にフリーサーフィンが好きな人が多く、皆あまりコンペに興味がないからなんでしょうね。そういうのんびりしたところも大好きです」
ニュージーランドで知った山歩きの楽しさ
熊野さんはニュージーランドで恋人の影響から山歩きにも挑戦するようになった。海が大好きな熊野さんは当初山に全く関心がなく、トレッキングも彼女のために嫌々ながら付き合っていたというが、徐々にその楽しさに目覚めたそうだ。
「ネルソン・レイクス国立公園に行ったときに、山ってすごいって感動しました。お鉢状の地形の中に山小屋がポツンとあって、周りが雪山で囲まれていたんですよ。夜になると満天の星空が頭上を覆い、幻想的な場所でした。グレートウォークもほとんど踏破しましたが、ニュージーランドの山は自然景観のバリエーションが豊富で、歩いている間に景色が次々と変わることが一番の面白さだと思います。山歩きをするようになって野鳥も好きになりました」
ニュージーランドに来るまではサーフィンの写真ばかり撮っていたという熊野さん。この国で山歩きの喜びを知り、山の写真にも興味を持つようになり、自身のフィールドが広がったと語る。
「ニュージーランドへ渡航するまで、サーファーは波乗りだけを追求するべきだと思っていました。でもキウィのサーファーは波がない時にはハイキングやマウンテンバイクをしたりともっと自由に遊んでいて、自分を狭いカテゴリーに閉じ込める必要はないのだと価値観が大きく変化しました。山に行き、たくさんの人々と知り合っていくうちに、サーフィンだけではなく日常生活の中にもシャッターチャンスが無限にあることに気付かされました」
ニュージーランドの写真集と写真展を手掛けるのが目標
熊野さんは帰国後、サーフィンの写真はもちろん、山の作品も精力的に発表するようになった。さらに、海外に長期滞在したことでテクノロジーや文化、歴史といった日本のよさを再発見し、自分にとって大切なものが何かということがクリアになったそうだ。
「ニュージーランドに比べて日本は物質が豊かです。車や家電をはじめ、さまざまな製品が最先端の技術を集結して生み出され、非常に洗練されています。それは世界に誇れることです。ただ、そうした優れた製品を所有することが人々の目的になってしまっているようにも感じます。サーファーにとって大事なのは最新のかっこいい車やサーフギアを持つことではなく、最高の波に乗る時間そのものなのだと思うようになりました」
熊野さんはこれからも国内外で作品を撮り続け、ニュージーランドにも定期的に通いたいと話す。将来、山も海も含めたニュージーランドの写真集を上梓し、写真展を開催するのが目標だ。
「単に風景写真ならニュージーランドに住んでいる現地のカメラマンにはかなわない。だから僕は自分なりの、日本人の視点から捉えたニュージーランドの美しさを発表したいと考えています。1年3か月ニュージーランドを旅し、今年5月にもサーフィン雑誌の取材で再訪しましたが、これはこれからの旅の序章のようなものだと思っています。乗ってみたい波、撮ってみたい風景が数えきれないほどあるので、ニュージーランドはこれからも心を熱くする被写体であり続けます」
ニュージーランドで写真のスタイルも意識もレベルアップした熊野さん。彼の今後の作品に注目したい。
Junji Kumano
くまの・じゅんじ●神奈川県・湘南出身。
17歳でサーフィンを始める。大学生の頃、ロングボードのバレルを見たことをきっかけに「これを写真に残したい」と考えるようになる。サーフトリップで出かけたバリ島でテロに遭遇し、「人生は何が起こるかわからない」ことを実感。本当に好きなことを追求すべく本格的に写真家の道へ進むことを決意。日本写真芸術学校を卒業後、アルバムの制作会社、スタジオ勤務を経て2008年にフリーに。
2009年12月から2011年2月までワーキングホリデーでニュージーランドを旅する。ニュージーランド滞在中に山歩きの楽しさを知り、日本帰国後は海のほかに山へもフィールドを広げて活動中。2014年5月、サーフィン雑誌『Blue』の取材のため、再びニュージーランドを訪れた。
公式サイト http://junjikumano.com
ブログ http://namishashin.blog97.fc2.com