夢だった海外の牧場で働き始めることができた20歳の私。想像を超える大変な仕事の中で感じたことは、至ってシンプルで、素朴なことでした。
早朝
牧場の仕事は朝早く、3時には始まります。
真っ暗のだだっ広い牧草地、あたりに灯りは何もありません。
バイクのヘッドライトと、頭に押し込んだ牧場の地図を頼りに、牛たちを搾乳牛舎まで連れていきます。
パッと見上げると、そこには満点の星空。私が住むcanterbury 地方の星空は、世界でも有名です。
星屑、天の川までも鮮明に映ったその夜空はまるで星の絨毯のよう。通り過ぎる流れ星に圧倒され、願い事もできずに何度見過ごしたでしょうか。
暗闇の中に「一人」なのに、なぜだか見守られているような、受け入れてもらえるような気がして、ローテーションで回ってくる早朝の仕事が何かと好きでした。
朝
地平線から、赤、オレンジ、紫、青、黒とまるで絵の具で塗ったグラデーションのように、あたりは徐々に明るくなっていきます。「今日はどんな顔を見せてくれるのだろう」そんなワクワクが止まりません。
反対側で月の輝きがだんだん静まっていくのと対照に、太陽が自分の出番を知らせるかのように色づく空は本当に壮大です。
悩み事も、嫌なことも、全てがどうでも良くなり、それでいて前向きにいさせてくれるような、そんな力を持っています。
昼
太陽が出てる日の朝昼の気温の高低差はすごいため、朝はジャンバーにネックウォーマー、昼頃は半袖短パン、なんていうことはよく起こります。
朝の冷たい空気とはまた違い、乾いたちょうどいい太陽の日差しは自然と気分を陽気にさせます。
ファームには大体、ワーキングドックと言われる犬が一緒に働いています。首輪で繋がれるわけでもなく、気ままに牧場内を歩き回っているのですが、助けが欲しい時に呼ぶと、どれだけ離れていても大体は駆けつけてくれます。
私のバイクの隣で楽しそうに全力疾走する彼らを横目に、終わりが見えない牧草地を駆け抜ける時に肌を切る風は、私に自由を教えてくれます。
もちろんいつも美しい自然の中で働けるわけではなく、時には大嵐の中ずぶ濡れ、泥だらけになりながら、牛の出産を手伝う時もあります。
雨宿りができないまっさらな牧草地のど真ん中で、突然降り出した大ぶりの雹(ひょう)に顔を傷つけられたこともありました。
冬の早朝をバイクで走るとき、手のかじかみは寒いを通り越して痛いものです。
自然と同様に、牛たちも予定通りやってくれないことの方が普通です。
想定外、コントロール外で起きる様々な事件に目を回しながらも、大自然に飲まれていること、言うならば自然のハーモニーの一部に入れていることが、私には心地よくて仕方がありませんでした。
バイクを消し目を閉じると聞こえてくる波の音。
肌を撫でる平野の澄んだ空気。
体の芯から温めてくれる太陽の日差し。
その日の私たちの機嫌を左右する雨の大きさ。
かすかにずっとある牛の匂いの調味料となるように、舞い込んでくる草の香り。
目を開ければそこに広がるのは、壮大な空、のびのびと続く草原。
日本のコンクリートジャングルで暮らしていた自分には気づけなかった、素朴だけれど確かな幸せに、私の五感がときめいているのです。
最初は、大変な日々に、体も心もくたびれ、そんなものを楽しむ余裕などなかったのですが、自然のハーモニーは知らないうちに私を取り込み、日常から美しさを感じるようになっていました。
田舎の大牧場で日本人一人、たくさんの牛と働いていた、ただの牛好きです。
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