先人から受け継がれて来た言い伝え
皆さんは、TEK(テック)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「Traditional Ecological Knowledge(伝統的な生態学的知識)」の略称で、「先人が過去何百年にもわたる環境との関わりを通して培って来た、世代から世代へと受け継がれて来た知識や知見」のことです。ちなみに、マオリ語では「Mātauranga Māori(マオリ族が蓄積して来た伝統的知恵・知見)」と言うそうです。
マオリ族の間では、 NZのクリスマスツリーとも言われるpohutukawa treeが、クリスマスの時期より1ヶ月ほど早く満開になるのが多ければ、「あまり雨が降らない夏が来る」と言われているそうです。マオリ人にそれを教わって以来毎年、pohutukawa treeが満開になり始める時期をになると、自分の地域でチェックしていますが、これが結構当たっているのです。去年は11月末から12月の初めにかけて満開になっていたpohutukawa treeを多く見かけ、「もしや、2019年の1月と2月はあまり雨は降らないのでは?」と思っていましたが、予想通り、ほとんど雨が降らなかったので、“Matauranga Maori”は当たっているようです。
日本にもあるTEK
日本にも、たくさんTEKがあるので、皆さんもご存知ではないでしょうか。例えば、 地震の予知に関するTEKです。阪神・淡路大震災や東日本大震災が起こる少し前に「井戸や温泉の水が突然枯れる」とか「今まで家にいたネズミが突然 いなくなる」など、普段とは違う自然界の現象に気付いて「ひょっとしたら大きな地震が来るのでは?」と思った方々も当時いたようです。皆さんも他にどんなTEKを聞いたことがあるか、良かったら考えてみてくださいね。
TEKの存続危機
TEKとは、このように必ずしも科学的根拠がある訳ではないけど、先人が経験から学んで、何百年にも渡って言い伝えられて来た知恵・知見です。上記のように、迫り来る事態に備える為に役立てることができるTEKもあります。
しかし、数十年ほど前から、世界的に(特に先進国で)TEKが段々失われていっていると言われています。その原因の1つが、「科学的根拠への傾斜」だそうです。現代社会では、科学的根拠を要求されることが多くなり、データーで数値化して証明できないなら、信ぴょう性に欠けるといった判断を下されてしまうことが多くなりました。TEKの多くは目視や感覚に基づくもので、数値化して蓄積されてきたデーターではないため、現代社会では信頼するに値しないと言われがちになってしまっています。
「環境汚染」も、TEKが衰退して行く原因の1つになっています。例えば、マオリ族にとって欠かせない食材の「淡水うなぎ」は、河川の水質の悪化のせいで個体数が激減しています。それに伴って、マオリ族が淡水うなぎにまつわるTEKを使える機会も激減しています。そして連鎖するように、関連するマオリ語の単語やマオリ文化を次世代に継承していけない危機が迫っているそうです。言語や文化にも興味がある私は、これを知ってとても悲しい気持ちになり、TEKの衰退が及ぼす影響にかなり動揺しました。
- 水谷公美 (みずたに さとみ)
- オークランド在住。
- 兵庫県淡路島出身。
- 1995年阪神・淡路大震災に被災後、NZ移住。
- 動物・植物など自然が大好き。
- 日本語を教える仕事の傍ら、趣味が高じて理学準修士号(環境マネージメント)を取得。